禅語。

本来無一物(ほんらいむいちもの)
人はうまれたときは、何も持っていなかった、と言う禅語。

覚えがないだろうか、この人類の歴史が始まって以来、どんな偉人も金持ちも墓まで田畑や金銀財宝、自分が拡げた領土まで持っていった人はいない。
にも拘らず、あそこの家の誰ベェは車を買った、何回目の結婚をした、墓を立てた、家を建てたと話題にするが墓には何も持っていけないのだと言う事を。

平歩青霄(へいほせいしょう)
碧眼録にある禅語。
「平歩」とは静かに歩くこと。「青霄」とは、見渡す限り晴れ渡り、一転の雲もない青空。
つまり、逆境ほど決して暗い気持ちで、アクセクと急いではいけない。晴れ渡った美しい青空の下の小道を、ゆっくり歩くように、悠然と生きていこうと…
(今のシエル向きかな)

孤峰頂上(こうほうちょうじょう)
きわだってそびえる山の頂のこと。世間と隔絶してひとり頂上に登って、月や雲を友として、下界に広がる世間をシミジミと観察してみる。身にまとわりついていた一切の世間的価値観の、いかにつまらないかに気づくだろう。

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