80年代末から90年代にかけて

柳田邦男は周縁説、というのを唱え、沖縄には日本の、古い文化が残っている、としました。
マスコミ論調や、市民運動などのありようも、そうなのかもしれない、と考えられませんか?

琉球新報とか沖縄タイムズの論調は、まるで、一昔前の朝日や毎日のようじゃありませんか?反基地運動は、80年代末から90年代にかけてはやった、非科学的反原発運動とそっくり、とは思いませんか? 要するに、田舎なのです。
首都(東京)からの距離の差が、そのまま両地域の有りようの差、なんですよ。それはそのまま、世論からのズレになってしまうでしょう。
 今から70年前の今日10月25日午前7時25分、フィリピンのルソン島マバラカット飛行場から出撃した敷島隊隊長・関行男大尉の戦闘機が10 時45分、レイテ島近海にて米国艦船セント・ローに体当り。享年23歳。神風特別攻撃隊の初陣の戦死であった。出撃前の同月20日、関大尉は報道班員に、 こう語っている。「僕は天皇陛下の為とか、日本帝国の為に行くんじゃない。最愛の妻の為に行くんだ…」。

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